柏木陽介の移籍に思うこと

 15日、柏木陽介浦和レッズへ完全移籍することが発表された。

 http://www.sanfrecce.co.jp/news/release/?n=3391

 移籍そのものについては、今更何の異論もない。既成事実だとさえ考えていた。しかし、決まってみると、胸の中に割り切れないモヤモヤ感が残る。

 モヤモヤの正体は、身も蓋もないが「移籍金を残していかなかったこと」だ。人の心など、言葉では測れない。久保竜彦駒野友一が満額の移籍金を残して去ったことは、文字通り「補償」となった。両者の移籍金約2億8000万円で助かった選手やスタッフは、数多かったはずだ。

 サポカンの社長発言によると、広島の年間予算は20億円から25億円の間だという。2億8000万円となると、7分の1から8分の1に相当する、巨額である。

 従来の移籍制度のままなら、移籍係数10である柏木は、年俸3000万円と仮定すれば3億円の移籍金を残すはずだった。この不況下では巨額であり、移籍が成立しない可能性は高かったといえる。

 しかし今年から移籍制度が改訂され、契約切れの選手に対して移籍金は発生しなくなった。欧州ルールに統一した形だ。柏木の移籍は、意図があったにせよなかったにせよ、このタイミングで行われた。暫定処置として設けられた育成費(ユース時代から計算し、年間800万円を補填する措置)により、クラブの手元にはユース3年+プロ4年分の計7年分、5600万円が残ることとなる。 こちらの報道では、4800万円が残ることとなる。http://www.chugoku-np.co.jp/Sanfre/Sw200912160092.html

 しかし、これは移籍金ではない。柏木の意志は、そこに介在していない。何の意志か。「チームに金を残そう」という意志である。

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 念のため言えば、柏木がチームに商業的な貢献をしていないとは思わない。むしろ逆だ。

 例えば、レプリカシャツの売り上げは佐藤寿人と並んでチームトップと聞く。1枚につき、マーキング料含めると1万6000円だ。

 シャツの売り上げは、マーチャンダイジング料として最も大きい。他のグッズも似たような推移という話だし、関東にも柏木を見るため足を運ぶファンは多いと聞く。柏木が在籍期間中に何枚のレプリカを売ったか、厳密な数字を出せば、かなりの額が算出されるかもしれない。

 ただ、それで"チャラ”になるのかというと、違う気がする。柏木は広島からも、有形無形の恩恵を得て成長した。シャツの売上などと天秤にかけるべきは、そちらではないか。

 僕は、移籍金と天秤にかけた片方に乗るのは、「置いていかれるファンの心情」に他ならないと思う。

 綺麗事を抜きにしてほしい。10年にわたって活躍が期待できるユース育ちの主力選手が、移籍金ゼロで出て行くことに、誰が納得できるのだろうか。

 移籍金とは、クラブを去る選手が、移籍元に表明できる重要な補償の一つだ。その金を元に、クラブは新しい選手と契約するなり、赤字を補填するなりし、穴を埋めることができる。

 その額がゼロというのは、愛着もゼロ、というふうに捉えてしまう。まして、貧乏クラブならなおさら。

 柏木は、2007年以降の契約交渉で常にモメてきた。2007年は柏や神戸からのオファーに揺れ、2008年もロクに活躍しなかったのに保留を重ね、移籍をちらつかせた。本人は「真剣に悩んで結論を出した」というが、その結論は毎回の単年契約という形だった。

 実力ある選手がそういう交渉を取ることは、全くの自由だ。良い悪いもない、正当な商取引である。しかし、その行為をファンが支持する必要もまたない。

 予算の少ないクラブへのハードネゴは、「いずれチームを出る」という意志を感じざるをえなかった。クラブへの愛着より、報酬への執着をより感じた。さらに、12月15日は彼の22歳の誕生日である。発表をわざわざこの日にしたのは、移籍を100パーセント「慶事」と捉えていなければできないこと。「心は広島にあらず」と捉えられても致し方ないのではないか。

 上記のうち、「天然」な部分もあるとは思う。柏木が、自分のイメージ操作にそこまで自覚的とは思えない。しかし、僕のように捉えるファンが少ないとも、僕が何か誤解しているとも思わない。

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 まあ、いずれにせよ済んだ話ではある。22歳の若者が、成長とステップアップのために、広島ではないチームを選んだ。広島サポとしては、彼の成功を祈りつつ、その決断が間違っていたと思わせるため、広島を浦和以上のクラブにするよう応援するのみだ。

 この件は、単に腹立たしさを紛らすために書いたにすぎない。柏木サイドは契約制度を利用し、正当な形で移籍をした。それがすべてだ。彼の今後の飛躍を祈りたい。

 余談だが、これで広島にまた10番の空位時代が訪れた。広島には、伝統的に10番らしい10番はほとんどおらず、かつては久保竜彦ウェズレイら、10番というよりFWやアタッカーに近い選手が付けていた。

 柏木陽介もまた、ゲームメーカーというタイプではなかった。後任候補として挙がりそうなのは高萩洋次郎森崎浩司というところだが、僕は槙野智章を強く推したい。広島を代表する、広島に強い愛着を持つ、陽性のキャタクターを持つ槙野こそ、10番にふさわしいと思う。