【サッカー】広島史上、最も悲しいゴール

今のところ、そう言って良いと思う。
 
 広島ビッグアーチで、あんな光景は初めて見た。今日の最終節は、ACLへの半券をつかんだということ以上に、広島の歴史に残る試合になった。

 http://www.tbs.co.jp/supers/game/20091205_7943.html

 後半20分、槙野智章のFKのこぼれ球を佐藤寿人が押し込み、決定的な4点目を挙げた。その直後、佐藤寿人はいつものようにサポーターズシートに一目散に駆け寄ると、いつもとは全く違う行動を取った。

 黄色のキャプテンマークを外し、腕章の表をサポーター側へ。テレビカメラは、ミズノのマークしか写していない。これを裏返すと、マジックで大きく書いた「10」の文字。
 
 スカパー解説の西岡明彦氏が補足する。「前節は青山敏弘の背番号6を掲げていましたね」「意味深ですね」「柏木陽介は、自身の成長のためチームを離れる選択を残しています」。。。
 
 そして抜かれる、ほぼ泣き顔のキャプテンの姿と、少しだけ目頭をぬぐった10番・柏木陽介の顔。こんな悲しい得点シーンは、サンフレッチェ広島を15年見てきて初めて見た。

 それでも、1%程度は「何かの勘違い」という気持ちもあった。しかし試合終了後、人目をはばからず泣きじゃくる佐藤寿人、次々にチームメートに抱擁される柏木の姿を見て、それは確信へと変わった。
 
 柏木陽介は、チームを離れる決意をしている。そしてそれは、チームメート全員が承知していると。(ついでに言えば、西岡氏も恐らく情報を得ている。不自然すぎる補足コメントだからだ)

 だからこそ、佐藤寿人は泣いた。リ・ハンジェ久保竜彦、楽山考志という3選手の契約満了「だけ」ではなく、柏木陽介という、ミハイロ・ペトロビッチ監督が「広島のダイヤモンド」と称し寵愛を注いだ男がいなくなるのだから、と。

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 僕は、柏木を「いつかいなくなる選手」と思っていた。2年前、J2降格時には柏からのオファーに悩んだ。去年は神戸、そして浦和からの話に揺れた。いずれも、チームへの愛着との天秤で残ったとはいえ、不遜な態度が目に付く部分もあった。「骨をうずめる」とは程遠い選手という感想ではあった。

 選手は、自身の価値をプレーで証明し、金銭や名誉で対価を得る。そのことは、僕がフリーランスとして行っている商業行為と質的な違いはない。スキルを売り、対価を得る。不満があれば交渉し、是正されなければ契約を更新しない、または打ち切る。

 こうした行為は、極めて崇高な営みで、「プロならば当然」などといちいち言う必要すらない、現代社会を貫く根本思想の一つだ。これらの営みを否定するのは、犯罪的な無知と言って良い。

 だから、この惜別の気持ちは、柏木陽介という選手ではなく、「愛すべきヘナチョコ野郎」に向けられたものだ。

 この1年で驚くべき成長を遂げたが、まだまだ足りない部分も多い。ペトロビッチの下でもう1年やれば、南アは無理でもブラジルW杯では確実に主力になれる。その地盤を固めるには、あと1年は必要なのではないかと見ていた。

 しかし、22歳はサッカー選手では立派な大人だ。「翔びたい」というのなら、契約以外にそれを邪魔する権利はない。そして、その契約は来年1月末で満了する。

 機は熟した、ということだろう。翔ぶが良い。成功する権利も失敗する権利も、柏木自身にあるのだから。
 
 今言えるのはこの程度のことだけ。そして、僕は駒野移籍時にもいったが、どんな選手よりも「チーム自体」に愛着を感じている。柏木が移籍金を残さない以上、どうにかして彼と同等クラスの戦力を獲得して欲しい。トルコ・キャンプで当たった、例のベオグラードのやつなんかどうだろう、とか。そういうことを考えながら寝ることにする。